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2012年6月

2012-06-24

フフン女子

こないだ半年予約が取れない店が取れていたので
独身4人と子なし主婦2人のよりあわせでいったわけです。
そしたら、その主婦が、「婚活女子って余ってるんだって(フフン)」とか、
「岡田斗司夫の恋愛イベントに言ったんだって(フフン)」とか言うわけです。
「団塊オヤジみたいに、俺達はもう安全圏に逃げ切ったぜ(フフン)」とか
言っててなんだか苛ついたんすが。

岡田斗司夫のイベントは、婚活パーティではなく
普通の勉強会だったのですが、世間知らずのフフン主婦には
通じなかったようです。

まー、こちらは独身女子ですし、結婚の「け」の字もないですけど、
その来ていた主婦どものフフンぶりといったら、
勝ち誇っていて「なんじゃいこいつら?!」と思うわけです。

安定主婦どもは「婚活女子」と聞いただけで無条件に
見下げる意識ができあがっているようですよ、みなさん。

別に、普段、主婦のことなんて羨ましいとも思わないが、
主婦ってやっぱり「勝ち犬」だと思ってるんだ~っていうのは
良くわかりましたねー。馬鹿らし。子供がいない主婦を蔑む子あり主婦みたい。

日本の女どもはみんな自分が目の前にいる相手より
「上」で「買っている」と思わないと済まされないやつらばっかりで
これって日本特有の現象なんですよ。
まぁ電通文化的な腐敗現象とでもいいましょうか。

不思議なことにこれが高偏差値的文化圏のアッパーな方々には
そういう争いがないというのも確認済みなのですが(文京区一部)、
つまり電通的な情報で勝っていないか勝っていないかを
争うような情報に浸って育った一般ロウアーなんだから仕方がないわけです。

つまりそういう争いは、ロウアーの争いでしかなく
アッパーな方々はそういう争いには加担しません。
ちなみに留学帰りが異端とみなされるのもそういった女子的な
電通洗脳的な思想に興味が無いからであり、
話が合わないのも当然です。
(ニセ留学帰り女子も多数いますが、それは別途)

つまりフフン女子を紐解いていくと、
今のままでは満足していないけれど、
でも他よりは優っているような気になっていないといられない
不満のある人たち。と定義できます。
フフンだけでは飽き足らない人たちが、主婦起業にはしるわけですが。

個人的には、オーケンが『サブカルで生きる』の中で、
サブカルでもない女子がサブカルの領域に
サブカル好きだといって入ってくる恐怖の話をしていましたが、
今までキャリアとして仕事に生きてきた女子の領域が
こういったフフン主婦に侵されるのは大変な恐怖を感じます。
またたちの悪いことに、オトコの扱いに慣れた
フフン主婦のほうが、おやじたちには受けがよく

日本はいうまでもなく、男尊女卑社会なので
いつまでたっても女子は社会的には恵まれず
いつまでも不満のある生活を強いられているというのが
その一因ではありますけど。

それにしても最近、やり方が悪質な女子の報告が
見受けられるところを見ると、
インターネットが発達しすぎている日本では
シンプルでストレートな思考が育つのは難しいのかもしれませんね。

((この話を全部、「男子」に置き換えて読んでみてもいいかも。))

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2012-06-04

沖縄に行ったとき、ユタに会ってみたいと思った。

今年の3月に6日ほど沖縄を訪れた。沖縄に行くなら、どうしてもユタに会ってみたいと思った。本州でいえば、恐山のイタコのようなものと聞いていたのと、テレビや雑誌にはユタと名乗った占い師を見たことがあるからだ。霊能力のある占い師にをイメージしていたように思う。
ユタとは、沖縄独特の占術師で先祖からのメッセージを受け取ったり、土地の吉兆を見たりするときに地元の人に頼られる存在らしい。ネットで検索して出てくるのは、占いをしている東京にいるユタだけで、沖縄のユタはほとんど出てこない。
沖縄に渡った後、現地の人(男性・40代)に「ユタに会ってみたいんですけど、どこにいるかご存知ですか?」と聞いてみた。
答えは、「知らない。そんな人は昔はいたけど今はいない」だった。何人かに聞いてみてもほとんど同じ回答が帰ってきた。
たまたま宿で一緒になった沖縄出身だという老人に「ユタかと思ったら、その女はノロだった。ノロを粗末に扱えない」という話を聞きだした。
ノロとは、ノロ(祝女)と書き、沖縄と奄美地方だけの独特の信仰を支える女神官のことだ。聖地である御嶽を管理する役割だが、かつては祭祀の際に、憑依することもあったという。そのため、ノロは地元で神人(かみんちゅ)とも呼ばれているそうだ。沖縄では祭祀は女性にだけ許されているので、男性のノロもユタも存在しない。
どうやら、本土の人々がノロとユタを混同しがちなのは、この憑依の部分によるもののようだ。今回、いくつかの御嶽を回ると、偶然にもいくつかの御嶽でノロに遭遇することはできた。ひとつの御嶽では、秋に行われるという収穫祭にあたる祭りの予行演習が行われていた。白装束に身を包んだノロが集団で祝詞を上げていたが、ここで出合った女性は、ノロの装束に身を包んでいたが、本来のノロではないようだった。
次に、沖縄で聖なる島といわれる場所では、御嶽で毎日のお祈りをしている女性たちに出会った。こちらは間違いなくノロだ。特に白装束を着けているわけではなく普段着のまま独特の祈りを奉げている。彼女たちに話を詳しく聞こうとしたが、あっさり断られた。この島では、ノロの風習を本土の人々が踏み荒らすというので、本土の人々を避ける傾向にあるのだ。だがしかし、観光地であるために本土の人々を受け入れないわけにはいかないジレンマが見て取れた。結局、旅の行程中、ノロには何度も遭遇できたが、ユタには会えなかった。
 東京に帰ってきて沖縄から出張してきているというマッサージ師に、再び聞いてみた。「ノロに会いたいんですが、どこで会えるかご存知ですか?」マッサージ師は言った。
「ノロは、沖縄の地元の霊を慰めるための存在です。本土の人が会う必要はありません」
なるほど、だから沖縄の人々は、「知らない」と繰り返したのだ。マッサージ師は付け加えて言った。
「ノロだと言って占いをしている人は偽者。それは商売でやっているだけです」

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photo by Yasuko Koga

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