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2010年12月

2010-12-22

人生は惰性で成り立っている。

ひどい二日酔いだったので
そのまま断食してみた。 なりゆき断食。

断食というかグレープフルーツジュースと豆乳だけですごすっていう。
なんでこの2つかというと
この2つが好物なだけなんですが。

まぁグレープフルーツジュースには食欲を
抑える効果があるし、豆乳には‥みたいな効果は置いといて。

2日は食べないままあっさりすぎて、胃腸がすっきり。
まだまだ続けられそうな気配ではあったのですが 、あいにく忘年会が入っていて、食べないにしても限度が。。。

反動が怖いので極力抑え目にビールを飲み(←本当は断食後すぐに酒類は飲んじゃダメ)
野菜と魚だけを食べ (←本当は断食後すぐに色々食べちゃダメ)
なるべく炭水化物を摂らないよう心がけた。

昨日は、食べなくても大丈夫そうとなんとなく思っていたけど
夕方に冷凍庫に入っていたチャーハンをつい食べちゃいました。

でも特に問題なく、体重が反動で増えることもなく。
むしろ減っている風。(ダイエット目的ではないので事前に測っていない)

そこではたと、きづいた。

朝食と昼食って食べなくても十分いけるじゃん!
これってたんに「惰性」で食べてるだけだよね??

考えてみれば別に動く仕事をしているわけじゃないんだから朝昼晩食べなくても問題ないんだよね。
打ち合わせがあるならともかくほとんど運動はしていないわけで。
せいぜい徒歩10秒の部屋間移動。

っていうかそうやって考えていくと
いろんなことが「惰性」だと気づく。

忘年会だからといって飲みすぎたり食べすぎたりする必要もないわけで。
それは高度成長期でたくさん食べられなかった時代の名残でしかない。

突然、ドギーバック持参のエコ派になろうかしら。。

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2010-12-13

ぐるぐる回しの世界

この間、友達に呼ばれた飲み会で、となり合わせた人が
すりばち学会の人で、数年前から目をつけていたので即参加。

昨日は昨日で、下北沢で出会ったYさんのお誘いでOプロさんにお邪魔した。
Oプロとは、ワタシが愛してやまない「軍艦島」のDVDやコンテンツを作っているプロジェクトなのでした!


Oプロさんで録音を見学していたのですがその出演者、自衛隊&大仏マニアのクロスケさんも
すりばち学会に入っているという。世間せますぎ。趣味偏りすぎ。

すりばち→軍艦島つながりというぐるぐる回しの世界。
なんか最近好きなものがむこうからやってくること多し!濃い濃い、じゃなくて来い来い~。

さておき軍艦島ラブなワタシとしては
関われるだけでも嬉しいできごとなのでしたよ。ふっふっふ。

Oプロの軍艦島オデッセイはこちら。


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今年もあと3週間弱!

今年もあと3週間弱!!

なにもしないでこの一年も終わってしまいそうな気配ですが(滝汗)

早々に今年の5大ニュース。

1ビアガーデンブーム到来!
2ビアガーデン評論家としてテレビ、ラジオに出演!
3トレンドウオッチャーで取材を受けた
4コンサルタント的な仕事が増えた
5事務所を引っ越した

うーん。ぱっとしない。

来年はもっとぱっとできるように頑張りたいものですね。

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2010-12-07

女の9割は性格が悪い。

告げ口女。自分本位女。割り込み女。情報収集女。真似女。利益回収女。帰国女。和風女。スピ女。

自分のことを棚にあげさせてもらうがはっきりいって女は9割がた性格が悪い。でもだいたいにしてキャリア志向でない人ばかりが目立つ。
いてもエセキャリア。


外資系企業にはどうしても自分は人と違うことを主張したいそういう面倒な女が死ぬほどいたがどの女も留学帰りの
英語バカで仕事は出来ない(ことが多い)。まぁその中でも一番悪いのは告げ口女かなー、自分を上げたいためにわざわざ人のワルイコトだけを告げ口する。人を落とすために。

最近、ブログに私のことを悪く書いている・・・と
言い出す人までいるらしいので、
あなたのことではないですからご安心ください(笑)。


性格の悪い女ばかりに会うと2ちゃんねらーではないが、女とは結婚したくない気持ちが良くわかる。絶対、女なんかとは結婚したくありません!女って最悪の生き物だと今更ながらに気づかされる。

今更気づくのはなぜなのか・・・と考えてみたら、みんなフリーランスだからなのだ。会社に所属している人はここまで酷くない。もっとまともで社会性がある。だいたいこういうやつの仕事を見せてもらうとたいして上手くも良くもない。(自分のことは棚に上げます)だから外注は出さないけど。

実際、独立して周りを見て思うのは、みんな会社勤めが勤まらないから独立するのだ。独立する実力があってする人は少なくほとんどが会社にいられないので独立するのだ。

女だったり、主婦だったり、自宅在住だったりしたら
都合が悪くなれば部屋や自宅に閉じこもればそれで済まされる。

不況だからみんな周りが見えないんだよと知人は言うけれど。お金もちだったり、旦那の給料が良かったりするのにそれ以上何を望むのだろうか。この手のオンナは主婦になったところで満足しない。人と違う主婦になりたがる。

和風女に関しては、下品な主張がにじみ出ているのに、それでいて自分は上品だというのだから面倒でならない。

地方に住んだことがある東京人は東京の不便さを語る。それはこういう面倒な人付き合いがいらないからではないだろうかと思っている。東京地方の人々はどうしても自分を主張したがる。

女子の主張包囲網に気づいたのは4~10個下の子と付き合いを持つようになってからだ。
幸いなことに私の世代では、のほほんと普通にしていても相手がどういう人かで自分が優位に立つような立ち回りをする人はいなかった。4個下の世代でいえば、苛め世代だ。初対面の女子同士で集まると、必ずその仲間内で自分が「これができるのよ!」と主張しなければならない儀式に最初は私は気づかなかった。私の時代にはなかったからだ。
相手をだんだんと理解し、相手の良いところも悪いところも知ったうえで付き合えばいいだけなのだ。なんて楽な時代だったんだろう。

だが40歳以下からの女は面倒くさい。まず最初にわかるところで
相手より自分が勝っていることを相手より先に主張し、相手より優位に立つように立ち回る。

ぼーっとしていて、何も主張しないと、主張するようなことがないひととして判断される。言ったこと、示したことでしか相手を判断できないのだ。示されたものしか見えていない。

キーワードだけで彼女らは判断する。何が出来る。肩書きはなに。どこに住んでいる。人とは違うことがある。記号化されたキーワードの数だけを競うだけ。中身は関係ないのだ。
このあいだもいった見た目至上主義はここからも紐とける。

そんなこんなで女嫌いすぎて疲れていたのですが
逆に最近は、嫌な女に会うと、これはきっと何かの役に立かもと思ってメモするようにしている。ネタ至上主義万歳!!

人生に起こったことは全て必要なことだと信じている。
でもだいたいにしてすぐに気分が悪くなって会わなくなってしまうので、
もっとメモして置けばよかったと思うことが多く、あとあともったいなく思う。

正直、こういった憤りを感じることがここ10年ほどなかった。
会社にいて自分に部下がいたり、年をとったりして、若い頃から言っていることと全く変わらなくても生意気にとられなくなったせいだ。

憤ることは、書く原動力になる。
書くということを仕事にして慣れてしまった私には、
この原動力は必要なのかもしれない。

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2010-12-01

じわじわと殺されるからわからない。

東京タワーが出来た年。それは、時代の境目だった。高度成長前と高度成長期のハザマ。
その時代の境目にきしくも同じように電波塔ができる。

シンボルが世界を作るのだ。

目に見えるものがイメージを構築することが、すでにわかっている今、なんであの「もっさい」スカイツリーなんだろうか。
今年あちこちのビアガーデンから、あの「もっさい」姿が見えた。

編集者も私もあれがスカイツリーだなんて思わなかった。
あまりにも「もっさい」から。まるでただの焼却場の煙突みたいだ。
共産国の建造物みたいな固いデザイン。どういう意図で作らているのか意味不明だ。
東京タワーのような華やかさのかけらもない。

東京タワーを褒めるのもどうかと思うが、
あれにはかなり象徴的な意味がある。
パリのエッフェル塔を模したタワーには、
これからパリのような華やかな時代が来ると庶民の心を沸きたて
未来へ明るさを期待させた。昼に見ても美しいし、夜見ても美しい。

次に来る時代の象徴が現れ。そして確かに日本はパリ以上に発展した国になった。

デザインとはそういうものだ。人の心を知らない間に扇情する。
デザインの美しさは、イメージを広がらせる。

しかしスカイツリーにはそれがない。
ただの「もっさい」デザインが昼間見えるだけだ。
出来上がったら夜はイルミネーションが灯くだろうが、あの「もっさい」デザインでは
たいしたことが期待できない。

つまりは、次に来る時代はそんな時代。
何も期待できないよ。と言いたいのかもしれないが。

最近、町を歩くと広告が面白い。
マス広告が力をなくしたと言って
広告屋を辞めたことがあるオレとしては
マス広告再び、な気がする。

確実に、コピーが力を取り戻した。マスコピーの時代が再び来るだろう。
ある意味、見た目至上主義=デザイン主義に慣れてしまった今では
言葉のほうが
ずっと人々を扇情できる。

広告はネットに殺されたと言うが、そうではない。
殺したのは代理店だ。じわじわと内側から殺されるからわからないだけ。

もうすぐテレビも新聞も「ネットに殺されていく」というだろう。
しかし同じようにじわじわと内部から殺されているのだ。

「殺された」、すでに死んでいたものにこれからスポットライトが再び当たる時代が来る。
たとえばサブカルブームのようなもの。あれが再び来るはずだ。

私たちは時代のハザマにいる。

ここ数年は変化から目が離せないほど面白いはずだ。
そう思うとわくわくする。

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