14年で現実は妄想を超えた。
いつも言っているように
失ったものは幸いである。
この間、エヴァ論というのをたまたま見に行った。
まったくエヴァ嫌いなので(というかエヴァファンが嫌い)
統括としての話を聞きたかったというか。
批評家曰く、神戸シュキバラ事件、オウム事件を
象徴するようないわばバブル崩壊後の喪失感みたいなのを
あらわしていたから現実との関係性をみんな深読みできたので
あって、新しいエヴァにはそれがない。だから興味がない,と。
(以下は私見)
所詮、この14年で現実は妄想を超えた。
作られた世界よりも現実のほうがずっと物語的だ。
妄想は現実に追いつかなくなった。
それが失望に通じる。かつて妄想は逃げ道だった。
現実にはないことを妄想することで生きるすべを探した。
けれど現実は妄想を超えてしまった今
文字や物語に生き残る理由がなくなったのだ。
失ったものは幸いである。
失ったものを手に入れたときこそ
失っているものは喜びを見出す。
かつてエヴァが失っているものに光を与えたように
失っているものたちを形作れば
それは間違いなく彼らのこころをつかむのだ。